今月のことば:クリスマス 貧しさの祭日

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クリスマス 貧しさの祭日

今月のことば

クリスマス 貧しさの祭日

カテゴリ:2011年度

作成:2011.12

いよいよお待ちかねのクリスマスを迎える、12月です。どこを歩いても雰囲気が特別です。イルミネーション、買い物、コンサート、休暇、ディナー、ボーナスなどのことで人々は頭も心もいっぱいで、あたかもお金と商売がクリスマスの一番大事な要素として目立ち、クリスマスの本物の意味と正体があまり感じられません。

個人的なことで恐縮ですが、私がクリスマスと貧しさは切っても切れない関係にあるとわかったのは、小学校2年生の時のことでした。夏の終わりに、繊維を生地に織り上げる織機セクションの所長をしていた父が、風邪をこじらせて肺炎になり、その際の医療ミスが原因で、左足が不自由になって、職を失うこととなりました。まだ幼かった私は、父が家にいて、いっしょに遊んでくれるのを喜ぶばかりで、家庭の経済状況がきびしくなったことをよくわかっていませんでした。
ところが、12月に入って、クリスマスツリーを飾り始めると、毎年のようなイルミネーションや光り輝くものではなく、母はミカンだけを飾りました。そして、その質素なクリスマス・ツリーをがっかりした顔で眺める私に、こう言いました。
「イエスさまは貧しい馬小屋で生まれました。この世の中には、クリスマスになっても、お腹いっぱい食べられない人がたくさんいますよ。今年はわたしたちも、イエスさまのように、貧しい人々のように、貧しいクリスマス・ツリーで我慢しましょうね」
その時から、子どもなりに、クリスマスと貧しさを一緒に考え始めるようになりました。

クリスマスの日のディナーには結婚をして家を出て行った兄弟たちも集まり、デザートには、クリスマス・ツリーに飾ったミカンをみんなでいただきました。とてもおいしいと思いました。

災害をはじめ、さまざまな理由でわが日本にも失業者が増え、経済的な問題で苦しんでいる人たちが少なくありません。特に貧しい人々のために救い主のイエスさまがお生まれになった、その福音がすべての人に伝わりますようにと願いつつ、皆さま方も有意義で、しかも楽しいクリスマスを迎えられるように祈っています。

園長 アキレ ロロピアナ神父

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